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禹治水 2007.03.18更新
【和:うちすい】 |
【中:Yu zhi shui】 |
神話時代>禹治水
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堯の晩年、黄河流域に大洪水発生し、平地は水に沈み、人々は高所に避難しました。生産や生活は困難となりました。堯は、各部族の首領に治水について相談し、鯀が推薦されました。鯀は9年間治水に当たりましたが、成績はあがらず洪水の災害は減りませんでした。
舜が堯の職を代行するにおよび、鯀を殺し、鯀の子の禹を用いて治水の仕事を継続させました。禹は多くの人力を組織して、13年ののち治水に成功しました。禹は人々を指導して灌漑の水路を掘り、低い湿地帯に稲を植え、農産物も相当増加しました。
舜が正式に部族連合の首領となると、禹はおもな助手になりました。後世の賛歌に、「元首は明かなるかな。股肱は良きかな。庶事は康らけきかな。」(元首はこのように賢明である。助手はこのように優良である。さればすべてのことがこのように人を平安にするのである)とあります。後世、禹の功績を記念して大禹と呼んでいます。
舜が年を取ると、禹も禅譲の形式で部族連合の首領となりました。地域が広がり、銅や錫などの金属資源を産しました。これにより、労働用具が改良され、農業生産も向上しました。出所:小林松篁
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