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雲龍堆朱盒子 2007年12月16日(日)更新
【和:うんりゅうついしゅごうす】 |
【中:Yun long dui zhu he zi】 |
明・清|彫刻・書画>雲龍堆朱盒子
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「大明宣徳年製」銘
木製漆塗
高6.6、径15.2
明・宣徳(1426~35)
上海博物館蔵
明時代の宣徳期(1426~35)はその前の永楽期とともに漆芸の流行した時期であり、そのことは官製の漆工芸が数多くいまに伝わっていることをみてもよく理解される。そして、この宣徳年間が中国漆芸史のなかで、重要視される点はなんといっても、この時に瑱漆(器体に薄く彩漆を塗り重ね、刀で図柄を彫ったのち、その溝にさまざまな彩漆を埋めて文様をあらわす技法をいう)の手法があらたにオフィシャルの世界にとりこまれたことであろう。その点、この宣徳期は、堆朱一本槍であった永楽期とはいくぶん異なった様相を呈しているといえよう。
この時期の堆朱作品の作風はおおむね、永楽期のそれを踏襲しており、それらを永楽期の作品群のなかにいれて、同じ仲間としてとりあつかってもさしつかえないほどそれらは近似したものである。しかしながら、これら両者の作品を細かく観察してみると、それらのあいだにはいくつかの相異点があることが見出される。たとえば、つかわれた朱漆が永楽期のそれとくらべて、黒味がかっていることや、文様はきっかりと丹合に彫られているものの、その表現が硬くなって、すこし形式化されている点などがあげられる。そして、宣徳年間に制作された堆朱作品の主題をみると、楼閣人物と龍をあらわしたものが圧倒的に多い。この盒子はそのうちの龍をあつかったもので、この時期の堆朱の典型的な作行きをみせた代表作のひとつである。
器体全体の高さをいくらか高めにしたやや小ぶりの円形の蓋物で、。印籠蓋づくりとしている。蓋表には躍動感にあふれる左向きの五爪の龍を大きく中央に配し、その龍が顔のそばにある宝珠と戯れているさまをあらわしている。そして、のこりの隙間をいわゆる霊芝雲と呼ばれる雲文でうめつくしている。これと同じ霊芝雲はまた、盒の蓋および身の側面にもつかわれ、それぞれの周囲をかざっている。こうした意匠は雲龍文をあつかったこの時期の堆朱作品の規範にのっとったものであるが、この盒子をなによりも特徴づけているのはその彫法であろう。永楽期の堆朱作品に比して、その図様はたしかに類型化されている点はいなめないが、龍の各部分にみられる的確な彫りや、霊芝雲にほどこされた鋭い刀のつかい方などはこの作品の大きなみどころといってよい。
いまひとつ、この盒子で注目される点は龍の爪が五爪になっていることである。龍が造形化、あるいは文様としてあらわされるようになったのは古く、すでに新石器時代には見出されるが、のちの唐・宋といった時代の龍の爪をみると、それらはほぼ一様に三爪になっているのが一般的である。いまのところ、はっきりしたことはいえないが、五爪の龍が出現するのはどうやら、元時代になってからで、それも後期にはいった明時代に近い十四世紀の中頃を中心とした時期と考えられる。しかし、この五爪の龍がすくなくとも皇帝の象徴として用いられるように定着したのは永楽期のことといってよい。そして、それは清朝が減亡するまで、皇帝しかつかうことのできないものであった。このことは、この盒子が皇帝の器物として制作されたことを物語っているといえようし、それはこの盒子の底裏左方に官営工場製の印である「大明宣徳年製」の楷書体の刀刻瑱金銘がほどこされていることからもうなづける。宣徳期の漆器の銘は永楽期の細く、小さな針刻銘とはちがって、大きめで、しかも字体が大くなっており、さらに、刻銘のあとに金箔押し(あるいは金泥をほどこす)をしているのが通例である。なお、盒子の内部および身の底裏は黒漆塗りとしている。出所:「上海博物館展」
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