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民豊後漢墓出土絹・綿・毛織物 2008年01月11日(金)更新
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秦・漢・三国|>民豊後漢墓出土絹・綿・毛織物
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25~220年
民豊は漢時代に精絶とよばれ,「シルクロード」の南道上の要衝であった。民豊県城北方約150キロの大砂漠に,古代遺址が一面に横たわっている。これが有名な尼雅(エヤ)遺址とである。1959年,砂漠に埋れた,完全に保存された後漢時代の夫妻合葬墓がここで発見された。この墓の葬具は長方形の一つの木棺で,なかに夫婦の2死体があり,死体はミイラ化して腐っていなかった。そして髪の毛や鬚などものこっていた。その副葬品は数も多く質も立派であった。これから見ても,死者は生前社会的地位も相当高く,おそらく支配階級に属する高官であったにちがいない。副葬品はみな棺内にあったが,武器,生活用具,装飾用具をのぞいて最も人びとの注目をひいたのは,死体がおおわれ,あるいはまとっていた各種の色調のあざやかな,意匠の美しい絹や綿布であった。 そのなかには,「延年益寿大宜子孫」とか「萬世如意」などの吉祥文字や瑞祥をあらわす禽獣の文様がほどこされた多色の錦,葡萄鳥獣文綾,各種の色に染められた絹,刺繍などがあった。とりわけ,男の死体が着ていた錦袍は,相当よく保存されていたもので,稀に見る逸品である。
この墓から出土した綿布は,今日まで中国で発見された文様染めの綿織物のなかでももっとも古いものであり,中国における植綿,綿紡,印染などの歴史を研究するうえできわめて貴重な資料を提供するものであった。なお,この墓から多色の毛糸を用いて文様を織り出した毛繊物が発見された。綿布と毛繊物は,中国西北の少数民族の中国の古代文化にたいする偉大な貢献である。出所:「シルクロード文物展」
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